大判例

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神戸地方裁判所 昭和37年(ワ)438号 判決

原告

東京海上火災保険株式会社

右代表者

河村俊世

右訴訟代理人

忽邦隆治

外二名

被告

オーシャン・スチムシツプ・カンパニー・リミテッド

右代表者

エリック・ガード・プライス

右訴訟代理人

平林真一

外一名

主文

被告は原告に対し七〇万八、四八〇円およびこれに対する昭和三六年五月一〇日以降支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

原告のその余の請求を棄却する。被告の中間確認の訴による請求を棄却する。

訴訟費用中本訴に関する分はこれを二分し、その一を被告の負担、その余を原告の負担とし、中間確認の訴に関する分は被告の負担とする。

この判決は、原告勝訴の部分に限り、仮に執行することができる。

事実

第一、(当事者双方の申立)

原告訴訟代理人は、「被告は原告に対し二六五万八、〇〇三円およびこれに対する昭和三六年五月一〇日以降支払済みに至るまで年六分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決ならびに仮執行の宣言を求め、被告訴訟代理人は、本案前の申立として本件訴を却下する。訴訟費用は原告の負担とする。」旨を、本案につき「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」旨の各判決を、中間確認の訴として、「原告が代位による損害賠償請求権を行使する適格を有しないことを確認する。」との判決を求めた。

第二、(原告の請求の原因)

一、原告は海上および火災保険業を営む株式会社であり、被告は汽船アンテナ号の船舶所有者である。

二、

(一)  原田産業株式会社(以下、原田産業という。)は輸出入貿易業を営む会社であるが、昭和三六年五月英国カーデイフ市のコリ・ブラザース・アンド・カンパニー・リミテッド(以下、コリーという。)との間で救命艇二隻およびその附属機具(以下、本件物品という。)を買受ける契約を締結し、コリー宛に信用状を開設して本件物品のシー・アンド・エフ(原価および海上運賃)価格英貨二、九二五ポンド七シリングを支払い、被告発行の船荷証券(以下、本件船荷証券という。)を取得した

(二)  本件船荷証券には「救命艇二隻、救命信号機二個および救命艇用糧食三箱を外観上完全な状態でグラスゴー港から神戸港向けに汽船アンテナ号に船積みした」旨表示されている。

三、ところで、原田産業は、本件物品の海上運送に先立つて、原告との間に本件物品(海上運賃を含む。)を保険目的とする保険価額英貨三、二五〇ポンドの積荷海上保険契約を締結した。

四、本件物品はアンテナ号に積まれ昭和三六年五月一〇日神戸港に到着したが、そのうち救命艇二隻の船体(以下、本件船体という。)については、その荷揚の時に既に外観上も顕著な破損状態にあることが確認されたので、原田産業においてその検査を社団法人日本海事検定協会に依頼したところ、被告が本件船体を船内に積付ける際運送人としての注意を欠き、重量物をその上に積みあげる等非常識な積付方法をとつたため、いずれも舟艇として致命的な損傷を蒙つたことが判明した。

五、そして、原田産業が蒙つた右損害の額は二六五万八、〇〇三円に達する。

六、原告は、昭和三六年一一月二八日前記保険契約に基づき原田産業に対し右損害を填補する保険金二六五万八、〇〇三円を支払い、原田産業の被告にする損害賠償請求権を代位取得した。

七、よつて、原告は、被告に対し右損害金二六五万八、〇〇三円およびこれに対する損害発生の判明した昭和三六年五月一〇日以降支払済みに至るまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求ある。

八、なお、原告は、被告に対し第一次的に運送契約の不履行責任を、第二次的に不法行為責任を問うものである。

第三、(被告の本案前の主張)

神戸地方裁判所は本件訴につき裁判権を有しない。すなわち、

一、本件訴は被告の債務不履行責任を問うていると解すべきところ、本件物品の海上運送契約に際し、運送人たる被告が荷送人たるコリーに対し発行した本件船荷証券には「この船荷証券は英国法により解釈かつ支配される。」旨が記載されているから、本件船荷証券上の運送契約に関する訴訟である本件訴については英国法によるべきところ、同国法によれば(1)訴提起の際被告が当該外国に居所を有していたこと、(2)被告が当該外国滞留中に訴状の送達を受けたこと、(3)被告が任意に当該外国裁判所を選択したこと、(4)被告が任意に当該外国裁判所に出頭したこと、(5)被告が当該外国裁判所の管轄に服すべきことを特約したこと等の場合にのみ英国人または英国法人が被告として外国の裁判権に服することになつており、本件は右のいずれの場合にも該当しない。

二、たとえ、本件訴が被告の不法行為責任を問うているとしても、アンテナ号が本件物品を積載し英国グラスゴー港を出港した後、神戸港に到達する前に先ず英国バーケンヘッド、エジプト国ポート・サイドおよびスエズ、英領アデン、マレイ聯邦ポート・スウエッテンハム、英領シンガポール、同香港、中華民国キールン、韓国釜山等に逓次寄港しているから、右汽船が最初に到達したのは神戸ではない。従つて民訴法一五条二項を適用することはできない。

第四、(被告の本案についての答弁ならびに中間確認の訴の請求の原因)

一、請求の原因一記載の事実および同四記載の事実のうちアンテナ号が昭和三六年五月一〇日神戸港に到着したことは認めるが、その余の請求の原因記載の事実は争う。

二、原告は保険代位により原田産業の被告に対する損害賠償請求権を取得した旨を主張するが、保険代位に基づく損害賠償請求権の取得は債権譲渡による債権の取得であるから、その債権を行使するについては英国法によるべきものと解すべきところ、同国法によれば被保険者たる原田産業は第三債務者たる被告に法定の譲渡通知をしなければならない。しかるに、右譲渡通知はなされていないから、原告は原田産業の被告に対する損害賠償請求権を代位行使する適格を欠き、したがつて、原告の本訴請求は失当である。

第五、(被告の抗弁)

一、本件船体は甲板積貨物であるから本件船荷証券記載の免責の特約により被告には損害賠償責任ない。

二、本件船体は無包装品であるから、被告には損害賠償責任はない。

三、仮に右主張が認められないとしても、コリーが被告に本件物品の海上運送を委託する際運送品の種類および価格につき何ら特別の通告をせず、かつ、右事項が証券面上記載されてないないから、被告は、貨物一包又は一単位につき英貨一〇〇ポンドを超える責任を負わない。

第六、(被告の抗弁に対する原告の答弁)

一、抗弁一記載の事実は否認する。

二、同二記載の事実は認めるが、損害賠償責任を負わぬ旨の主張は争う。

三、同三記載の事実のうち本件船荷証券に本件物品の価格の記載がないことは認める。

第七、(証拠関係)〈略〉

理由

一、被告の本案前の主張について判断する。

成立について争いがない甲第五号証(船荷証券、乙第五号証の一、二に同じ。)の表面には「本件船荷証券は英国法により解釈かつ支配される。」趣旨の記載があり、その裏面18項には「本件船荷証券の下において生ずることあるべき如何る請求も引渡港でなさるべきものとし、その引渡港でのみ決定し解決さるべきものとする」趣旨の記載があつて、右各記載を合理的に解釈すれば、前者は本件船荷証券にかかる運送契約の実体面につき英国法を、その手続面につき日本法を適用する旨の合意とみなされるべきものであるから、右運送契約に基づく債務不履行責任ないし不法行為に基づく損害賠償責任を問う本件訴につき、引渡港たる神戸港を管轄区域に含む当庁に裁判管轄権があるとみるのが相当である。

したがつて、被告の右主張は理由がない。

二、請求の原因一記載の事実は当事者間に争いがなく、〈証拠〉をそう合すると、請求の原因二ないし四記載の事実、同六記載の事実および原田産業株式会社が蒙つた損害の額が

手こぎ救命艇の船体の価格八五一ポンド九シリング九ペンス

モーター付救命艇の船体(但しモーターを除く)の価格

一、〇〇〇ポンド七シリング一〇ペンス

海上運賃 六二〇ポンド

輸入諸掛・銀行手数料・保険料等

一六万六、三四九円

即ち一六五ポンド〇シリング六ペンス(一九六七年の英貨の平価切下前の公定為替相場により換算したもの)計二、六三六ポンド一八シリング一ペンス

であることが認められ、(但し、汽船アンテナ号が昭和三六年五月一〇日神戸港に到着したことは当事者間に争いがない。)、この認定を左右する証拠はない。

三、そこで、保険代位による損害賠償請求権の行使に債権譲渡通知の必要があるかどうかについて判断するに、原田産業と原告間の本件保険契約については日本法が適用されるところ、保険代位による権利の移転は法律による権利の移転であつて、債権譲渡による権利の移転ではないから、被告のこの点に関する主張および中間確認の訴の請求は理由がない。

四、つぎに、被告の抗弁について考察することとする。

(一)、本件船体が甲板積貨物であつたことを認める証拠はなく、したがつて、右事実を前提とする被告の免責の主張は理由がない。

(二)、本件船体が無包装品であることについては当事者間に争いがないが、無包装品を海上運送する場合英国法によればその損害につき運送人は責任を負わない旨の証人加納恒彦の証言は信用できず、他に特段の事情が認められない本件においては、本件船体が無包装品であるの故をもつて被告に損害賠償義務がない旨の主張もまた理由がなく採用できない。

(三)、本件船荷証券に本件物品の価格の記載がないことは当事者間に争いがないから、前顕甲第五号証(船荷証券)裏面17項の記載によれば、被告は、原告に対し本件物品に関し一包もしくは一単位当り英貨一〇〇ポンドを超えない価額につき損害賠償責任を負うに過ぎないものというべきところ、本件物品は前叙のとおり無包装の二組の救命艇であるから、二単位と解するのが相当であつて、したがつて、被告は、原告に対し二〇〇ポンドを超える損害賠償責任を負わないことになる。

しかし、前記一で説示したように、本件船荷証券の裏面18項の記載からすると、当事者間に、本件船荷証券にかかる運送契約の実体面については英国法を適用する旨の合意が成立しているものとみられるところ、船荷証券に関する各国法規の統一を目的とした条約を国内法化したのが一九二四年英国海上物品運送法であり我国の国際海上物品運送法であるから、同法を準拠法とみなして差支えがなく、したがつて、前記前払海上運賃六二〇ポンドについては国際海上物品運送法二〇条二項、商法五七六条一項を適用すべく、前記認定の、被告の過失により本件船体が致命的損傷を蒙つた事実および前掲証人今城厚二の証言によつて認められる、結局本件船体を廃棄せざるをえなかつた事実からすると、被告は原告に対し右二〇〇ポンドとは別に支払う義務があるものというべきである。

五、してみると、被告は原告に対し計八二〇ポンド=七〇万八、四八〇円(一九六七年の英貨の平価切下後の公定為替相場により換算したもの)およびこれに対する損害の発生したことが判明した昭和三六年五月一〇日以降支払済みに至るまで年五分の割合による遅延損害金(前記甲第五号証裏面29項において運送賃支払を遅滞した場合年五分の割合による遅延損害金を支払うべき旨定めているから、英国法によれば遅滞損害金は年五分の割合で算定されることが推認される。)を支払う義務があるものといわなければならない。

六、以上の理由により、原告の請求は、被告に対し右金員の支払を求める限度で理由があるから正当としてこれを認容し、その余の請求および被告の中間確認の訴による請求を失当として棄却することとし、民訴法八九条、九二条本文、一九六条を適用して主文のとおり判決する。

(谷口照雄 仲西二郎 井深泰夫)

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